岩田稔の年俸と成績!糖尿病と闘い認知を進める偉大な投手に迫る【虎トラ選手名鑑】

風邪が長引いている。

ただそう思っていた。しばらくすると体調は戻るだろう、と。

ランニングではいつもトップ集団にいた。

今日は体調不良で調子が上がらないだけだ。

安易にそう思っていた。

しばらくすると治るさ。

しばらくすると。

しかし、その「しばらく」はなかなか訪れなかった。

高校2年の冬、岩田稔は1型糖尿病を発病した。

「神様は越えられない壁は与えない。必ずその人なら越えられるからと人々に試練の壁を与えるんだ」

どこかで聞いたセリフが頭の中で何度も繰り返し聞こえた。

いや、きっと越えられない。

野球は断念するしかない。

白球だけを追いかけた多感な時期に突如として突きつけられた絶望。

岩田稔はどうやってその高い壁を越えたのだろうか。

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プロフィール

基本情報

氏名:岩田 稔 (いわた みのる)

国籍:日本

出身地:大阪府守口市

生年月日:1983年10月31日

身長:179 cm

体重:93 kg

血液型:O型

選手情報

投球/打席:左投/左打

ポジション:投手

背番号: 21

プロ入り:2005年 (希望入団枠)

一軍初出場:2006年10月14日 (対広島戦)

オールスター出場:なし

野球経歴

大阪桐蔭高等学校

関西大学

阪神タイガース (2006 – )

☆ WBC 2009年日本代表

☆2014日米野球日本代表

成績

投手成績












2006 1 1 0 0 0 1 1 4 1 3 9.00
2007 4 3 0 0 0 1 0 8 6 8 5.40
2008 27 27 2 0 10 10 5 50 101 58 3.28
2009 16 16 4 2 7 5 3 27 103 33 2.68
2011 25 25 2 2 9 13 7 45 133 43 2.29
2012 25 25 0 0 8 14 10 41 107 60 3.52
2013 9 8 0 0 2 5 3 16 25 24 4.95
2014 22 22 1 0 9 8 13 43 116 42 2.54
2015 27 27 2 1 8 10 13 49 119 61 3.22
通算:9年 156 154 11 5 53 67 55 283 711 332 3.08

その他成績

獲得タイトル

なし

表彰

月間MVP:1回 (2014年7月)

若林忠志賞:1回 (2013年)

記録

初奪三振:2006年10月14日 (広島 井生崇光より)

初勝利:2008年3月29日 (対横浜ベイスターズ)

初完投勝利:2008年4月26日 (対読売ジャイアンツ)

初完封勝利:2009年7月29日 (対横浜ベイスターズ)

年俸推移

年 度 推定金額 増 減 複数年
2006 1500万
2007 1500万
2008 1400万 ↓100万
2009 4000万 ↑2600万
2010 3800万 ↓200万
2011 3000万 ↓800万
2012 5500万 ↑2500万
2013 5800万 ↑300万
2014 4600万 ↓1200万
2015 6000万 ↑1400万
2016 6800万 ↑800万

プレースタイル

変化の大きいスラーブ(スライダーとカーブの中間球)で打たせて取るピッチングを信条としている。

奪三振率はさほど高くない。

平均球速144km/h程だが、前述したスラーブとカットボール、シュート、フォークといずれも変化量の大きい多彩な変化球を中心として、緩急自在なピッチングを展開する。

また抜群のスタミナ力を誇り、初回から中盤、終盤へと試合が進んでも投球力が衰えにくいのが何よりも持ち味の投手。

ピンチの場面で見せる闘志あふれるピッチングも魅力のひとつ。

ただ、好投しても打線の援護に恵まれずに勝ち星を積み重ねられないという不運な一面を持っており、なかなかそのスパイラルから抜け出せないでいる。

岩田稔という選手を語る上で、切っても切り離せない重要な話がある。

記事の冒頭で紹介した「1型糖尿病」だ。

これについては、この記事の最後で「虎トラ番外編その2 ~1型糖尿病の認識を願い、活躍という宿命を選んだ男~」として紹介したいと思う。

プライベート

中学校の同級生と結婚して、3人の子供がいます。

狩野恵輔選手もそうですが、プロ野球選手って結構子だくさんな人多いなぁ。

少子化問題を率先して何とかしてもらいましょ。

高給取りですしね。

岩田投手と言えば、オフで見せるメガネ姿が決まっていておしゃれなんすよね。

岩田稔02

髪型とかも奇抜にしてたりしています。

岩田稔01

オリックスの金子千尋投手とは同級生ということもあり仲がいいそうです。

岩田稔&金子千尋

ラーメン屋ふらーっと行って、この二人おったらたまりませんね!

勝手に個人的総括

5-tools

球速 球威 変化球 制球 スタミナ

球速

最高球速が150km/hだが、平均球速は144km/hほどで平凡な数字である。

ただ左腕の投手としては優秀なスピードと言える。

球威

ホームラン被弾率が低く、球速のわりには球の威力がある。

プロ通算で55本のホームランを打たれており、対戦打者数は4044人、被弾率は.013となる。

これは100人の打者と対峙して1.3本ホームランを打たれる計算になる。

同僚の藤浪晋太郎が.011という数字なので、比べても遜色ない優秀な数字だ。

変化球

三振も奪えるスラーブを武器にフォーク、シュート、カーブなどの多彩な変化球を持っている。

いずれの球種もフィニッシュボールとして通常使用可能な高いレベルを誇る。

制球力

無四球勝利がプロ通算で2勝あるが、154回の先発での数字と少ない。

制球難からピンチを招く場面が多い。

なんとか粘って無失点に抑えても、守備時間の長さによるモチベーションの降下が原因で仲間の援護に恵まれないということも考えられる。

スタミナ

完投や完封の数も多く、投球回数も多い。イニング後半になっても球威や変化球のキレは衰えず、1度の登板で平均した投球を披露することができる。

虎トラ番外編その2 ~1型糖尿病の認識を願い、活躍という宿命を選んだ男~

1型糖尿病は、社会的な認知があまりされていない。

糖尿病と聞くと「重病」、「様々な合併症を引き起こす」、「死に至る難病」といったイメージがあるかと思う。

私は糖尿病についての知識が深いわけではないので、生半可なことは言えないし、書けない。

しかし、それでも岩田稔投手がおこなっている活動を少しでも支援したいと思い、微力ながら勉強したこと、そして岩田投手が伝えたいことを一人でも多くの人に認識してもらいたいという思いから、記事にしたいと思う。

単純に野球が好きで、阪神タイガースが好きで、何かのきっかけでこの記事にたどり着いた方には少々酷な内容かもしれない。

それでも最後まで読んでいただければ幸いです。

岩田投手が発病した1型糖尿病という病気は、約一万人に一人の確率で発病する。

発病原因が遺伝によるものだというのは医学的に決定的な証明がされておらず、誰でも発病する可能性はあるという。

2型糖尿病という種類もあり、糖尿病患者の約98%を占めるのがこちらになる。

2型糖尿病は、遺伝的な起因や生活習慣によるものが多いという。

先程の「重病」、「合併症併発」、「難病」などといったイメージは一般的にこの2型に当てはまる。

国内での認識が薄いとのことだが、私自身も岩田稔投手について調べるまで、1型糖尿病について無知だった。

現在もこの1型糖尿病の認識不足でつらい思いをしている親や子供がたくさん存在しているということを、この記事を読んでいただいているあなたに認識して欲しい。

我々の認識不足で、まともに幼稚園や保育園に入園できない子供がいる。

1型糖尿病の子供たちの4人に1人が幼稚園や保育園から入園を拒否されたり、難色を示されたりという調査結果がある。

そんな現実に歯がゆい思いをする親御さんがいる。

誰にも理解されず、悔しい思いをしている人達がいる。

思い悩む家族がある。

1型糖尿病はインスリンの投与量を適切におこないさえすれば、なに不自由ない生活を送れる。

血糖値の数値さえ安定させれば、他の子供と同じように外を走り回ることができる。

岩田投手のように、野球人のトップであるプロ球団に入り、しかも日本代表として日の丸を背負って戦うサムライにだってなれる。

我々の認識がないだけだ。

我々の軽はずみなイメージで、発病者は知らず知らずのうちに社会の隅に追いやられている。

そのことすら、我々は気付いていない、認識していない。

2015年11月に栃木県で起こった悲しい事件 (自称祈祷師を名乗る男が7歳の男児にインスリン投与を止めさせて死亡させた事件) も、悲痛な悩みを抱えた親御さんが「わらにもすがる思い」で行き着いてしまった間違った答えだった。

もし周囲に理解してくれる人が一人でもいたら、きっとあのような事件は起こらなかった。

1型糖尿病のことを認識できなかったこの社会が起こしてしまった悲劇の事件だと言っても過言ではない。

何度でも言う。

我々が認識していないだけだ。

1型糖尿病のことを認識していなかったからだ。

岩田投手自身も発病した時は、自らの体に起こったものが死に至る絶望の病気だと思い、すぐに野球をあきらめるしかないと思ったという。

これからの人生をずっとベッドの上で過ごすものだと覚悟したという。

それでも、病院の先生に教えられた先人の話で「自分も大丈夫だ」と強く思えたという。

それは元メジャーリーグ選手で読売ジャイアンツにも在籍したことがあるビル・ガリクソン投手だ。

ガリクソン投手もまた1型糖尿病を患いながらプロ野球選手として活躍した人物だった。

その後、同じ1型糖尿病と闘うエアロビクスの大村詠一選手にも出会い、岩田稔は「自分も同じ病気で苦しみ、悩む人達に勇気や希望を与えたい」と強く思ったという。

それでもそんな岩田投手に待ち受けていたのは厳しい現実だった。

認知・認識されていない1型糖尿病は、単なる糖尿病という我々が抱く負のイメージのまま社会の多くの人々に浸透しており、数々の差別的な扱いを受けたという。

高校卒業後の進路で内定が決まっていた大手社会人チームに土壇場になって「糖尿はいらん」と内定を理不尽に取り消されたこともあった。

見返してやりたい。

岩田投手の胸中は、その思いで一杯だったという。

そして大学4年間のたゆまぬ努力が認められて、阪神タイガースから声が掛かった。

計り知れないぐらいの喜びだったと思う。

見返してやりたいという反骨心が、大きな結果となって報われた瞬間だった。

それでもこの時、岩田投手は病気のことが気になったという。

だが、プロの世界で自分が頑張る姿をたくさんの人に見てもらうことが最善の選択だと思い、阪神タイガースへの入団を決意した。

しかし、当時を思い返してみると、入団した後も岩田投手は何か特別な目で見られていたように思う。

「糖尿病の投手って、プロでやっていけんの?」

ここでも、そんな負のイメージを抱かれていたように思うし、私自身も少しそんなことを考えてしまうことがあった。

そんな周りの特別な目を、岩田投手は成績でくつがえしていった。

阪神タイガース入団以降、先発の中心として何年も投手陣を支えてきた。

次第に認知され始め、同じ1型糖尿病で苦しみ、悩む人達に向けた寄付金活動やオフシーズンでの勉強会、交流会なども開催している。

「自分が活躍することで、励みになる人達のために」

常に心に誓った信念が岩田稔を突き動かす。

現役のプロ野球選手で1型糖尿病を患っているのは岩田稔ただ一人だ。

岩田投手はそのことを理解している。

自分が頑張らなくてはいけない。

使命感でもあるし、それがモチベーションにもなると話している。

岩田投手は、一人でも多くの人が1型糖尿病を認知して、この病気で苦しむ人のことを理解できる社会が来ることを願い、マウンドに立ち続ける。

(編集後記)

つたない文章と浅い知識で、読みづらい部分が多々あったと思いますが、最後まで記事を読んでいただき、ありがとうございます。

一人でも多くの方に1型糖尿病のことを理解して欲しいと願う岩田稔さんの思いに感銘を受け、今回この記事を書く決意をしました。

記事を読んでいただき、少しでも共感いただければ、下記にあるツイッターやfacebookボタンから記事の宣伝をしていただければ幸いです。

一人でも多くの方に1型糖尿病のことを認知してもらいたいと私も心から願っております。

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